東高校のパワプロ日記

パワプロ2022で作成した選手を紹介していきます!

作成選手一覧

作成選手一覧

作成選手の一覧ページです。
要望や誤植を見つけた場合はコメントお願いします。
適宜更新予定です。(1週間くらいを目処に)
探している選手が見つかるかもしれないですし、見つからないかもしれません。

 

最終更新日 2023年11月26日

 

【現存球団】

読売巨人軍

投手

加藤初
関本四十四

捕手

内野手

福井敬治
岡崎郁

外野手

ウォーレン・クロマティ
淡口憲二
高田繁
末次利光

 

阪神タイガース

投手

ピーター・バーンサイド
谷村智敬
工藤一彦
中込伸
渡辺省三

捕手

辻佳紀
辻恭彦

内野手

遠井吾郎
八木裕
ハル・ブリーデン 
鎌田実
藤本勝巳
三宅秀史
中村勝広
白坂長栄
藤田平

 

外野手

マイク・ソロムコ
マイク・ラインバック
ウィーリー・カークランド
藤井栄治
池田祥浩
田宮謙治郎
並木輝男
後藤次男
望月充
真弓明信

 

ベイスターズ系列

投手

権藤正利

捕手

秋元宏作

内野手

桑田武
ジム・パチョレック
山下大輔
山下大輔Ver1.02
万永貴司
米田慶三郎
後藤武敏G.
ネフタリ・ソト
大沢清

外野手

長崎啓二
荒波翔
中塚政幸

・ドラゴンズ系列

投手

藤沢公也

捕手

江藤慎一
中尾孝義

内野手

上川誠治
谷沢健一
井上登
一枝修平
渡邉博幸
宇野勝
トニ・ブランコ

外野手

田尾安志
森徹
ドン・ニューク
大島康徳
原田徳光
中利夫
杉山悟

カープ系列

投手

澤崎俊和
池谷公二郞
安仁屋宗八
小林幹英
山根和夫
福士敬章

捕手

水沼四郎
達川光男

内野手

ティム・アイルランド
大下剛史
エディ・ディアス
ゲイル・ホプキンス
興津立雄 
水谷実雄
長内孝
小早川毅彦
梵英心
ブラッド・エルドレッド

外野手

ジム・ライトル
マーティ・ブラウン
エイドリアン・ギャレット
山本一義
大和田明
森永勝治
宮川孝雄

 

・スワローズ系列

投手

川崎憲次郎
内藤尚行
安田猛
岡林洋一
五十嵐亮太
松岡弘
梶間健一

捕手

根来広光
八重樫幸夫
相川亮二

内野手

苫篠賢治
ボブ・ホーナー
東条文博
ダグ・デシンセイ
角富士夫
船田英和
佐藤孝夫
武上四郎
城石憲之

外野手

秦真司
町田行彦
町田行彦Ver1.02
青木実
杉浦享
デーブ・ロバーツ

・ホークス系列

投手

佐藤道郎
星野順治

捕手

香川伸行
田上秀則

内野手

蔭山和夫
岡本伊三美
定岡智秋
藤原満
本間満
富田勝
河埜敬幸
飯田徳治

外野手

王天上
広永益隆
岸川勝也
カルロス・メイ
久保寺雄二
穴吹義雄
島野育夫
大野久
大沢昌芳(大沢啓二)

 

・ライオンズ系列

投手

松沼博久
三輪悟
河原明
井上善夫
松沼雅之

捕手

細川亨

内野手

鈴木健
基満夫
基満夫Ver1.02
ドン・ビュフォード
中西太
豊田泰光
石毛宏典
石毛宏典Ver1.02
エルネスト・メヒア

外野手

西岡良洋
東田正義
土井正博
タイラー・バンバークレオ
テリー・ウィットフィールド
ジョージ・ブコビッチ
ジム・タイロン
大田卓司
関口清治
玉造陽二
大友進
小関竜也

 

・ファイターズ系列

投手

木田勇
田中富生
田中幸雄
津野浩

捕手

大宮龍男
高橋博士
加藤俊夫

野手

ティム・マッキントッシュ
ティム・マッキントッシュVer1.02
古屋英夫
柏原純一
田中幸雄

外野手

毒島章一
二村忠美
エンジェル・エチェバリア
トニー・ブリューワ
トミー・クルーズ
ボビー・ミッチェル
ウォルター・ウイリアムス
シャーマン・オバンドー
大室勝美

・マリーンズ系列

投手

レオ・カイリー

捕手

村上公康
醍醐猛夫
袴田英利

内野手

今江敏晃
有藤通世
ホセ・フェルナンデス
葛城隆雄
江藤慎一
ビル・マドロック
飯島滋弥

外野手

ジョージ・アルトマン
白仁天
横田真之
池辺巌
西田孝之

 

オリックス系列

投手

具臺晟
小林宏
今井雄太郎
三浦広之

捕手

中沢伸二
岡村浩二

内野手

アーロム・バルディリス

外野手

パンチ佐藤
熊野輝光
中田昌宏
中田昌宏Ver1.02
矢野清
石嶺和彦

 

【消滅球団】

近鉄

投手

神部年男
板東里視

捕手

山下和彦

内野手

リチャード・デービス
ジャック・ブルーム
ジム・トレーバー
クラレンス・ジョーンズ
クリス・アーノルド
小玉明利
鬼頭政一

外野手

藤瀬史朗
新井宏昌
チャーリー・マニエル
ラルフ・ブライアント
佐々木恭介
仲根政裕

・松竹

投手

捕手

内野手

大岡虎雄
金山次郎

外野手

 

【再現チーム】

1950 毎日オリオンズ

1960 大洋ホエールズ 

【漫画・アニメ・ゲーム】

新越谷高校  作品:球詠

 

 

 

三宅秀史(大阪)【パワプロ2022・パワナンバー】

パワナンバー:11500 72383 76382

 

1958 .269(510-137) 21本 48点 35盗

 

経歴

岡山県立南海高校-大阪タイガース阪神タイガース(1953-67引)

 

 史上最高の三塁手と言われた虎戦士。53年にプロ入りし、3年目の55年からレギュラーに定着。同期入団の吉田義男選手との三遊間は鉄壁で、「練習だけで金が取れる」とも言われた。57年には全試合出場を果たし、ベストナインに輝く。翌58年からは長嶋茂雄選手の巨人入団もありタイトル獲得は無かったものの、その守備力は各方面から賞賛され「史上最高の三塁手」とも言われた。また1956年途中から882試合連続出場、1957年途中から700試合連続フルイニング出場を記録。当時の日本記録であった(現在は歴代3位)。62年9月6日の試合前、不運にも味方のキャッチボールの送球が目に直撃しそのまま入院。63年6月に復帰するも、視力が低下し出番も減少。67年に引退。引退後は阪神のコーチに就任。また91年には吉田が監督を務めるフランス代表のコーチも務めた。

 

査定

肩力、守備力
長嶋が肩力B77、守備力B70なのでそれと比較して。
史上最高と言われた守備なのでもうがっつりあげました。

チャンスF
得点圏打率.211
1,2番での起用が多いため打点も多くはない。

盗塁C、積極盗塁
盗塁成功率.686(51-35)
この年は少し成功率低めですが、前年.741(31-23)、翌年.731(41-30)
通算でも.718(277-199)

走塁C、積極走塁
三塁打6本

送球A
スローイングはきれいでした。フットワークがよくて、まっすぐの球を投げる」
(週刊ベースボールONLINE ダンプ辻のキャッチャーはつらいよ 短期連載ダンプ辻コラム 第35回 「大リーグボールか魔送球か?」より)

ケガしにくさA、回復A
元祖鉄人とも

守備職人、高速チャージ
華麗で堅実な守備。史上最高の三塁手なので。

ラインドライブ
ライナー性の打球が多い。(週刊プロ野球データファイル45号)

対エース○
規定到達の大石正彦投手(大洋)を除く9投手からのべ13本の本塁打
この年の規定到達者(190回)は12人。(大阪からは小山投手、渡辺投手が規定到達)

サヨナラ男
サヨナラ打3本(6/13本塁打、9/7安打、10/4本塁打)

三振、積極打法
三振はリーグ最多の107個
多少ボールを打ちすぎている(週刊ベースボール1958年9月24日号)

 

あとがき
怨霊さんほどじゃないけど当時のスコアとか漁ったりする査定始めたら、査定時間が三倍くらいになりました。

小池兼司(南海)【パワプロ2022・パワナンバー】

パワナンバー:11400 62352 07628

 

1963 .238(534-127) 22本 65点 20盗

 

経歴

県立浜松商業-専修大学-南海ホークス(1961-74引)

 

 堅実な守備で南海の内野陣を支えた遊撃手。1961年にプロ入りすると、当時ショートのレギュラーだった広瀬からレギュラーを奪取する。63年から66年まで4年連続でベストナインも受賞。打撃面でも打率は高くないものの2桁本塁打4回とパンチ力も光った。68年には連続守備機会無失策記録の日本記録を樹立(遊撃手で218回)。また同年のオールスター第3戦ではMVPも受賞。しかし翌年以降は出場機会を減らし、74年限りで引退。その後は南海のコーチ、スカウトや台湾(CPBL)でのコーチを務める。

 

査定

パワー
この年は22本塁打と他年度と比較して多め。本塁打率24.3。
64年に入団したローガンをも驚ろかす。(週べ1964年3月16日号)
プルヒが付いているのでこの辺かなぁと。

対左E
左右別打率は不明。
本塁打内訳:右投手20本 左投手2本
元々の左投手の数が少ないというのもあると思いますが...。

盗塁E
盗塁成功率.588(34-20)

ケガしにくさC回復C
149試合出場。62年から68年まで7年連続120試合以上出場。

プルヒッター、インコースヒッター
外角が苦手で、引張傾向あり。
64年の春キャンプから外角打ちに取り組む(週ベ1964年3月16日号)

逆境○
ここ一番での勝負強さがあったらしい。(週刊プロ野球データファイル40号)

対エース○
土橋正幸投手(東映)(63年は防3.05 20勝)から4本塁打
久保征弘投手(近鉄)や稲尾和久投手(西鉄)からも本塁打有り。

守備職人エラー積極守備

のちに連続守備機会無失策の記録を樹立するなど堅実な守備も光る。
この年は失策23で、その内タイムリーエラーになり得る可能性があるのが8つ(東高校調べ)なのでエラーを付けてます。

 

あとがき
(査定が)上手くなりたい!上手くなりたい!(泣きながら宇治橋を走る東高校)

アンディ・シーツ(広島)【パワプロ2023・パワナンバー】

パワナンバー:11300 02321 36455

 

2003 .313(514-161) 25本 75点 3盗

 

経歴

ルイジアナ州立大学-SEA(1996-97)-SD(98)-AN(99)-BOS(2000)-TB(01-02)-広島東洋カープ(03-04)-阪神タイガース(05-07引)

 

 守備に定評のあった助っ人。助っ人としては珍しい遊撃手として2003年にカープに入団。開幕カードこそ無安打であったが、その後復調。ムラッ気もあったが打率.313、25本塁打と打撃面でも大いに貢献する。翌年は85打点と勝負強さを発揮するも、契約の折りが合わず阪神へ移籍。阪神では主に一塁手として05年のリーグ優勝に貢献。07年には成績を落とし、同年引退。05年から07年まで3年連続GG賞受賞。
 また09年からは阪神の駐米スカウトと活躍。あのマートンを獲得したことで脚光を浴びた。

 

査定

走力
デフォルト(10決)でもEなんですが、03年は内野安打16本と多く、併殺6と少なめなんでD、なんならCでも。。。?と思ったんですが、そこが黄色ないしは橙色になるとなんか個人的に抱いているシーツ感が無くなってしまうんですね。やっぱりこの色合いが落ち着いたのでEにしてます。申し訳程度に49で最高値です。

チャンスE
得点圏打率.296

対左B
対左投手打率.355(166-59)くらい...?

盗塁E
盗塁成功率.429(7-3)

ケガしにくさC回復B
日本時代5年間で常に130試合以上出場。

固め打ち
猛打賞13回(3安打10回、4安打1回、5安打2回)
通算でも史上タイ記録1試合5安打5回

内野安打○
内野安打16本

マルチ弾
マルチ弾3回

サヨナラ男
6月5日の試合でサヨナラ本塁打。デフォにも付いている。

三振
.229(514-118)
日本での5年間はいずれも100個以上の三振を記録

エラー、積極守備

失策14個、翌年は両リーグ最多タイの19個
守備に定評はあったものの、雑なプレーもあったとのこと。

調子極端
別打率
3,4月 .372
5月 .263 
6月 .364
7月 .299
8月 .351
9月 .250
10月 .375

 

あとがき
当時はショートの助っ人って子供ながらちょっと衝撃的だったなぁ。

吉岡悟(太平洋)【パワプロ2023・パワナンバー】

 

パワナンバー:11500 52015 84325

 

1976 .309(382-118) 2本 24点 11盗

 

経歴

富山県富山商業高校-東京オリオンズロッテオリオンズ(1968D10-74)-太平洋クラブライオンズクラウンライターライオンズ西武ライオンズ(75-79途)-日本ハムファイターズ(79途-81引)

 

富山商業からドラフト10位でオリオンズに入団。ロッテでは出場機会に恵まれず、75年より太平洋へ移籍。移籍1年目から69試合に出場する。そして翌76年、基選手の不調から出場機会を増やし、自身も成績を尻上がりに上げていく。特に8月7,8日に地元の富山で行われた3試合では計11打数5安打と大活躍。また6月には日本タイ記録の1試合3三塁打を記録。.309で首位打者ベストナインを獲得。だが、翌年から2年連続100試合出場は達成するものの、ケガの影響も有り成績は下降していく。79年チームは”西武”となるがシーズン途中で日本ハムへ移籍。移籍初戦で5打数3安打をマーク。また対西武では打率.333をマーク。81年に引退。

 

査定

盗塁F
盗塁成功率.478(23-11)

走塁A
二塁打13本、三塁打13本

バント○
16犠打

内野安打○
内野安打29本

固め打ち
1試合3塁打3本や、首位打者のかかった最終戦で4-3
猛打賞は10回くらい

チャンスメーカー
上位での出場が多く、マルチ安打の試合も多い。そこら辺を上手く調整できるかなと。
首位打者ですがミートもCなので調節的な感じで。

 

あとがき

データニキ風サムネに手を出してしまった。

【雑談】あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます!
2024年ですね。(激遅)

 

1ヶ月ほど経ちましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
ワタクシは年末年始も3連休も仕事でしたわよ。ホホホ。

 

たまには更新しないと存在を忘れ去られそうなので、とりあえず書いてます。

 

折角なので今年の抱負です。

 

①今年もフルマラソンを走る!
→去年も走りましたが30kmで撃沈したので、3時間切り目指して…

 

②できるだけ出かける!
→旅行とか好きなんですけど、如何せん仕事で疲れて…
 今年は色んなとこ行きたいです。

 

③なんか資格取りたい!
→資格による昇給もあるのでなんか取りたいですね。

 

④ブログ更新はできればやる!
→できればやります。ちなみに最近パワプロやってないので記事ストック0です。

 

⑤トラック競技出場!
→実は学生時代陸上部だったんですけど、久々にトラックで走りたいですね。
 ちなみに大学の同期が実業団で頑張ってたりするので応援お願いします!!

 

 

1つでも多く達成したいですねぇ。。。

 

 

田宮謙次郎(大阪)【パワプロ2023・パワナンバー】

 

パワナンバー:11800 02017 28800 

 

1958 .320(387-124) 11本 62点 12盗

 

タイガース、オリオンズで活躍した打撃職人。49年に投手としてプロ入りし、11勝。翌50年には国鉄相手に9回2死まで完全試合ペース。52年途中から外野手に転向すると、打撃技術を開花。レギュラーとして定着。58年には首位打者を獲得。その年のオフ、阪神と交渉が上手くいかず大毎へ移籍。60年にはミサイル打線の一角としてリーグ優勝に貢献。63年は132試合に出場し、打率.278を残すも故障の影響も有り引退。2002年には殿堂入りも果たす。

 

経歴

下館商業学校-日本大学(中退)-大阪タイガース(1949-58)-大毎オリオンズ(59-63引)

中日ドラゴンズ (1968-1969)-東映フライヤーズ・日拓ホームフライヤーズ (1970-1973)-阪神タイガース (1988)-味全ドラゴンズ (1994-1995)

 

査定

チャンスB
得点圏打率.371

対左投手B
対左打率の詳細は不明だが、左打者でありながら左キラーとも。

走塁B
リーグ最多の三塁打9本。56年から58年の3年間で合計29本。

アベレージヒッター
この年首位打者で、3割も7回。通算も.297。

内野安打○
左の俊足なので内野安打も多かったはず!

調子安定、選球眼
58年はゾーンに入り、いつでも打てる感覚で、見送れば審判がボールといったとも。

大沢昌芳(南海)【パワプロ2023・パワナンバー】

 

パワナンバー:11300 71739 71373

 

1959 .244(242-59) 0本 23点 4盗

 

本名は大沢昭。1956-61まで登録名は大沢昌芳。1962-大沢啓二。愛称は「親分」。

経歴

神奈川県立平塚工業学校-神奈川県立商工高等学校-立教大学-南海ホークス (1956-1964)-東京オリオンズ(1965引)

東京オリオンズロッテオリオンズ (1966 - 1972)-日本ハムファイターズ (1976 - 1984, 1993 - 1994)

 

査定

盗塁F
盗塁成功率.500(8-4)

レーザービーム
日本シリーズのアレ。

守備職人
59年の日本シリーズではポジショニングがハマる。三原監督(西鉄)も「MVP級」。

併殺
シーズン12併殺

石毛宏典(西武)【パワプロ2023・パワナンバー】

 

パワナンバー:11600 62155 17867

 

1986 .327(514-169) 27本 89点 19盗

 

経歴
市立銚子高校-駒澤大学-プリンスホテル-西武ライオンズ(81D1-94)-福岡ダイエーホークス(95-96引)

福岡ダイエーホークス (1998)-オリックス・ブルーウェーブ (2002 - 2003)

 

査定

送球B
送球の正確さに定評あり

ケガしにくさB・回復B
入団から9年連続120試合以上出場。86年も1試合のみの欠場。

広角打法
デフォルト。センター方向中心のバッティング。

固め打ち
猛打賞16回(3安打15回、4安打1回)

バント○
デフォルト。通算218犠打で86年も13犠打。

チャンスメーカー
1番打者として牽引。先頭打者本塁打8本を記録。
決勝打
勝利打点13。デフォルトでは逆境○。

選球眼
85年は88四球。86年は44四球でIsoD.057、マルチ四球9回。

辻恭彦(阪神)【パワプロ2023・パワナンバー】

 

パワナンバー:11700 12103 96861

 

1971 .193(399-77) 8本 27点 5盗

 

経歴
享栄商業高等学校-西農運輸-阪神タイガース(1962-74)-大洋ホエールズ(75-84引)

横浜大洋ホエールズ (1985 - 1987)-阪神タイガース (1988 - 1992)-横浜ベイスターズ (1993 - 1998)

 

阪神、大洋で活躍した捕手。愛称は「ダンプ辻」。1962年に西農運輸から阪神入り。入団から数年はブルペン捕手的な立ち位置であった。ブルペンで毎日500球近く受けるタフネスぶり、頑丈な身体、運輸会社出身ということもあり当時の土井垣武コーチに「ダンプ」と命名される。4年目の1965年にはファームで打点王を獲得。翌年から徐々に1軍出場も増えていき、1971年にはセリーグ捕手としては初となる全試合フル出場。その後は田淵幸一選手の台頭も有り、出場機会が減少。1975年には元同僚の辻佳紀選手とのトレードで大洋へ移籍。大洋では10年間控え捕手としてチームを支える。そのインサイドワークは大洋の投手陣からも高く評価された。
1984年に引退。実働22年は捕手として5番目の記録。

 

査定

キャッチャーB
江夏から絶大な信頼を得る。曰く「投手の長所を引き出すタイプ」

ケガしにくさB、回復B
セリーグ捕手では初となる全試合フル出場。

意外性、対変化球○
週刊ベースボールオンラインの連載「ダンプ辻のキャッチャーはつらいよ」より
変化球をHRにする逸話や、意外な場面でのHRあり。